お知らせ

田ノ浦へ

祝島の対岸、原子力発電所建設予定地、田ノ浦へ行ってきた。
帰ってきて、いまの状況を「知ってほしい人」にメールを出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一昨日、原子力発電所建設予定地の田ノ浦に行き、今日、お昼すぎに戻ってきました。
車中2泊の山口までの車の旅。
「ハワイより遠いねえ」と、みんなで言いながら向いました。
着いた日、田ノ浦は、比較的しずかでした。
祝島へのメッセージ布を「取れ」「取らない」ともめたのですが
公道だっため、取らずにすみました。
夕方、フェンス工事のために作業員が浜に来ましたが
海を守る人たちと警備の人たちとのにらみ合い(?)も、5時になり時間切れのため終了。
電力会社の方も警備のアルバイトの人も帰っていきました。
でも、しばらくすると、遠くから「ドーン」という音。聞いたら、発破の音。
まいにち、どこかを爆破しているそうです。
爆破がはじまってすぐ湾の魚は姿を消したということです。
通りすぎた上関の町は、活気がなく、原子力発電に夢を託しているようには見えませんでした。
誘致がはじまったのは、30年前のことです。
いまより情報も少なく「安全」という言葉を信じてしまってもおかしくはありません。
浜にいる、電力会社の人、警備のアルバイトの人、警察を見て
30年もの時間、途方もないお金をかけ、それがここへつながったのかと思うと
なんて悲しいことをしているんだろう、と思いました。
次の候補地、宮崎・串間、三重・熊野灘でも
こんな光景が広がることを思うと、胸が痛くなりました。
それでも、浜には、何人もの人が集まり、ひとつの思いで動いていることに勇気づけられました。
カヤック隊のリーダー的男の子のひとりは24歳。
広島の干潟の開発(破壊)に対して、ひとりで動きはじめ、多くの賛同を得て
2年の時間をかけ、止めたそうです。
そんな男の子と女の子が何人もいました。
警備のアルバイトの人は、ちゃんとお昼休みがあるようで
12時から1時まで、浜から姿を消します。
それほどちがわない年齢同士。動く理由のちがい。何が、双方を分けたのでしょう。
それでも、いつか、手をつなぐときがくるのかもしれません。
海はとてもきれいでした。
1日中、曇り空だったのですが、一瞬、陽が射したとき海がグリーンに輝いたときの色。
わたしは、あの色をずっとおぼえていたいと思いました。
IMG_0746.JPG

page top
© hirose yuko All rights reserved.