お知らせ

2014.8.17 Facebookより 

朝方の浅いねむりのなかで、
このところずっと考えていたこと、
感じたいと願っていたことの
ひとつの答えのようなものがうかびました。

 

感じたいと願っていたのは
頭のなかでだした結論ではなく、
からだ全体で感じられるような何か・・・を
望んでいたからです。

 

ただ、今朝、感じたのは
「確かな答え」というものではなく、
まだ、やわらかなちいさなひかりのようなものです。

 

現実という場所にぽんと置いたら
消えてしまいそうな、
だけど・・・
そのひかりがどう変化していくかを
「見ていたい」と思えるようなものです。

 

自分にとって大切なのは
「見ていたい」と思えるようなひかりに
出合えるかどうか・・・。
その感覚も、今朝、思い出しました。

 

人は、ときどき、
わすれてはいけないことをわすれるのですね。

 

ちいさなひかりは、
過去といまと未来がいっしょになり
導かれたようです。
過去といまと未来と、という
別々に考えられている時間が
おなじところに集まったことで
ひとつになった・・・という感じでしょうか。

 

ときどき、点と点がつながって
一本の線になることがあります。
ほんとうは、ずっとつながっているのですが
日常の場面は「点」と「点」に
見えてしまう。
けれど、今朝は、
ばらばらに見えてしまう「点」が
線になったのだと思います。

 

人に説明できないような、
ことばにならないような「何か」があり、
その「何か」がよくわからず、
でも、思いは消えず
からだのなかに存在していて、
ふっとでてきたときに、考えたり、話したり。
だけど、うすくなったり。
「なにかがちょっとちがう・・・」と感じたり。
そんなものだったのが、
ほんのすこしはっきりしたのです。

ほんのすこしはっきりするために
必要だったのは
時間だけではありません。

 

散歩すること。
どこかでコーヒーを飲むこと。ひとりで。友人と。
だれかと話すこと。
だれかのことばを聞くこと。
本を読むこと。映画を見ること。
海に行くこと。
メールでのやりとり。
自分の声に耳をかたむけること。
そのことがあったから、とも感じています。
ロルフィングを受けていることもあるのだろうなあ。

 

不確かなちいさなひかりが
強いひかりになるかどうかはわかりません。
自分の気持ちと
体力がカギをにぎっている気がします。
健やかでありたい。

 

あっ。あと、タイミングもあるな。

 

このちいさなひかりのことを
だれかに、ことばとして伝えるのがとてもたのしみです。
伝えたい人がいるのもしあわせなことです。

 

曇りの日も、雨ふりの日も
重い雲のうえには、いつも太陽があります。
今朝は、ひかり射す曇り空です。

 

 

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