パレード

2008/01/27

生まれてはじめてデモに参加した。
日比谷野音で開催された六ヶ所村再処理工場反対のパレード。
大地を守る会、生活共同組合、岩手漁協の人たち
サーファーの集まりサーフライダー・ファウンデーション、
個人の人たちが集まった。
700人くらいいたかなあ。
夫と地下鉄で日比谷にむかっていたら
偶然、電車のなかでSさんとご家族に会う。
「もしかして、日比谷?」と聞いたらそうだった。
いっしょに公園を目ざす。
わたしたちが着いたとき、国会議員、漁協の人、
サーファーの人たちが話をしていた。
「東京で使う電気の後処理を田舎の人に押しつけないでください」と
漁協の人たちは言っていた。
パレードは、日比谷公園を出発して
銀座を通り、東京駅前をすぎ、丸の内の裏まで。
ゆっくり歩いて1時間30分ほどの距離。
最初は、夫とふたりで歩いていたけれど
途中からSさん家族とふたたび合流して歩く。
Sさんは、ご主人と3人のお嬢さんと参加していて
1番上の女の子は小学校2年生。下の子は3歳くらいかな?
わたしは、1番上の子と手をつないで歩いた。
手にふれたとき、そのちいさな手がとても冷たく、おどろいた。
コートのポケットにその子と自分の手を入れ
ぎゅっとにぎりしめながら、歩いた。
Sさんは「大地とつながる母の会」というのをやっている。
みなさん若いお母さんで、お子さん連れ。
身近にいそうなかわいい人たちばかり。
わたしたち夫婦には、こどもがいないけれど
自分のこどもが放射能で犠牲になったら、と
思うだけで、胸が痛む。
実際、放射能は、こどもにすぐ影響が出る。
戦争で被爆の影響をもっとも受けているのはこどもたち。
老人は、被爆しても進行がおそいけれど
こどもはガンや血液の病気になり、おどろくほど早く進んでしまう。
六ヶ所村再処理工場の放射能が広がれば・・・・・。
工場を動かそうとしているのは、わたしたち大人。
銀座や東京にいる沿道の人たちは
「この人たちは?」という
目でパレードを見ていた。
わたしだって、いままでそうだった。
デモに出会っても「なんだろう」と思うだけ。
途中、東京駅前で、白髪の老夫婦が、
わたしたちに向かって手をふってくれているのを目にしたとき
熱いものがこみ上げてきた。
戦争を経験している世代の方だと思う。
解散は、丸の内にあるちいさな広場。
そこでSさん、いっしょに歩いた方たちに挨拶をして別れた。
Sさんに「どうでした?」と言われ
「見ている人って無関心なんですね」と言ったら
「そうでしょう。でも、わたしたちも前はあっち側にいたんだよね」と。
そうだな、と思った。
駅に向かって歩いていたら、パタゴニアのスタッフのNさんと会う。
Nさんも参加していた。すこしだけ、立ち話。
そのあと、別のグループ、
NO NUKES MORE HEARTSのパレードとすれちがう。
そこで、知り合いのKちゃんと会う。
20代後半から知っている人。お互いおどろく。
NO NUKES MORE HEARTSは、若いおしゃれな人たちの集まりで
そっちに参加していたのがKちゃんらしい。
今日、東京は風が冷たかった。
でも、空は、青かった。
ひとつ、ひとつ、できることから。
今日、そのひとつに参加した。

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