2011.3.11キャンドルの灯りですごした夜   2012.3.11キャンドルの灯りの下で

2012/02/10

2011年3月11日。
おおきな揺れがあった日、逗子、葉山、鎌倉は、暗い夜をすごしました。
あの311から1年。
あたらしい311がめぐってきます。
2012年3月11日。
あの日とおなじようにキャンドルに火を灯して
あの日とはちがう気持ちですごしませんか。
あたたかな音楽、あたたかな声につつまれながら。
2012年3月11日(日)
午後6時30分から午後8時30分
場所    逗子beach muffin http://www.beachmuffin.net/Beach_Muffin/home.html
ゲスト Quinka,with a Yawn http://www.quinkawithayawn.com/
2012年3月11日の夜を「いっしょにすごしたい」という集いです。
食べ物・飲み物は、各自持ち寄り、
ライブは、ドネーションでお願いします。
あの日のこと、いまの気持ち、これからへの思い、そして、音楽。
ライブは、Quinka,with a Yawnさんがきてくれます。
のびやかであかるい声。
311をいっしょにすごせたら、と思います。
食べ物・飲み物     各自持ち寄りです
ゲストライブ   ドネーションでお願いします
キャンドルをご持参ください
予約は不要です
通常のオーダーは受付していません。
公共の交通機関をお使いください(ちかくにコインパーキング有)
・・・・・・・・・・
2011.3.11から2012.3.11へ
2011年3月11日、わたしは逗子のcoyaにいました。
立ち話をしていたら、突然、電気が消えたのです。
「どうしたんだろう?」とcoyaのジュン君と話していた矢先
おおきな揺れがきました。
いつもとちがう地震の揺れと長さ。
外に通じる扉から目の前の川を見ると、
台風のときの海のように、川面がおおきくうねっていました。
数分後、都内にいる夫から電話がありました。
いま思うと、よくつながった・・・と思います。
東京は逗子より揺れが激しかったようで、夫は心配していました。
けれど、それほど動揺していないわたしの声に
夫は安心したようでした。
でも、わかっていました。
これは「ふつうではない」と。
coyaからでると、すべての信号は止まっていました。
coyaから家に帰る途中、トンネルがふたつあります。
交差点のところにあるトンネルでも信号が止まっていたため
イタリア食材のお店・タントテンポのご主人が外にでて
車を誘導していました。
みんな慎重に、ゆずり合って、走っていました。
東伏見の家も、停電をしていました。
固定電話も、マックも、テレビも、ラジオもつきません。
さっきは奇跡的につながった携帯もつながらなくなっていました。
ただ、幸いなことに、物はひとつも落ちておらず、
こわれたものもなく、
電気が通じていないこと以外はいつものような佇まいでした。
その日、うちには福島から友人が泊まりにくる予定になっていました。
東京で用事をすませた友人は
夫とどこかで合流して葉山にくることになっていました。
そのときは、地震の震源が宮城とは知らず、
不慣れな東京で「だいじょうぶかな」と思っていたのです・・・。
やがて、太陽がしずみ、あたりは闇につつまれはじめまました。
わたしは、家にあるすべてのローソクに火を灯しました。
電気が復旧したのは、日付が変わったころだったと思います。
マックをひらき、どこで、何があったか知りました。
すぐに心配したのは、福島の原子力発電所と六ヶ所村の再処理工場でした。
夫と福島の友人が連れ立って帰宅したのは、
それから時間がずいぶん経ってからのことです。
朝の5時前後だったと思います。
都内は大渋滞で、車より歩くほうが早かったそうです。
その数時間後、わたしはテレビで
福島の原子力発電所から煙があがっている映像を見ることになるのです。
あの映像は、一生、わすれないでしょう。
だれがなんと言っても、説明してくれても、
わたしの体は、何が起こっているかを一瞬で理解しました。
そして、世界は一気に加速し、変化していったのです。
変化は、すでにはじまっていたのです。
いまも思いだします。
3月11日にひとりで家にいた時間を。
ローソクに火を灯したときのことを。
まっ暗になった葉山の町。
ときおり聞こえてくるサイレンの音。
海沿いを通らないようにアナウンスする声。
つながらない電話。
1年ちかくの時間が経ち、思うことはたくさんあります。
わたしのなかで「311」は終わるどころか、これから何十年もつづくことになりました。
そんななかで、ずっと感じていたこと。
それは、2012年の3月11日は「この場所にいたい」ということでした。
理由はよくわかりません。
ただ、2012年3月11日は、
2011年3月11日にいたところにいたいと思っていました。
逗子のcoyaは、2011年の夏にビーチマフィンになりました。
あたらしい風をいれ、あらたにみんなが集う場所になりました。
coyaのときとスタッフも変わらず、空間は気持ちのいいままです。
でも、そこには、キコちゃんとジュン君はいません。
マリコさんがいます。
マリコさんが、おいしい食べ物と飲み物をつくってくれています。
葉山や逗子、鎌倉にいた人の多くが、あの夜、ローソクのあかりですごしたはずです。
あの日の夜のように、あの日の夜とはちがう気持ちで
2012年の3月11日をいっしょにすごせたら・・・。
あたらしい場所に行った人。
あたらしい暮らしをはじめた人。
これから、あたらしいところに行く人。
行こうと考えはじめている人。
これからもここにいる人。
わたしたちの前には、いくつもの道が待ってくれています。

page top
© hirose yuko All rights reserved.