2011.11.11

2011/11/11

今日を境にあたらしいエネルギーがはじまる、と言われている。
ここ数年、そういった「節目」の日があり、今日もその日らしい。
渦中にいるときは気づかないことも
あとからふり返ると「ああ、あのとき」「あの時期」と思うことは多々ある。
きっと、今日もそんな日になるのだろう。
わたしにとって、今日は、つぎへのスタートの一歩の日。
と、言っても何かが起きたわけでもなく、したわけでもなく、しずかに今日をむかえた。
葉山に移り住んだのが、3年前の12月5日。
生まれ育った東京からはじめてでたのが、葉山だった。
夫が育った葉山。そこで土地を探し、設計をたのみ、家を建てた。
海が見える2階は、リビングを広くした。
そのリビングは、いつの間にか、ワークシッョプやお話し会をするスペースになった。
引っ越してきたときも、くる前も、そんなことは考えていなかった。
年に1、2度、ちいさな集まりができれば。それくらいだった。
最初は「未来の教室」というタイトルで
京都大学原子炉研究室の小出先生の映像をみんなで見る会をひらいた。
いまでこそ原子力のことに興味を持っている人はふえているけれど
そのときは、まだまだで、きっとよく知らないできた人はびっくりしたと思う。
2回目は、長崎でご家族を原子力爆弾で亡くされた方にお話しいただいた。
そのあいだにワークシッョプをするようになる。
冨田貴史さんの13の月の暦の勉強会、酵素ジュースづくり。中島デコさんのお料理教室。
今年になり、田中優さん、小田まゆみさんがいらしてくれた。
12月は北山耕平さん、早川ユミさんもいらしてくれる。
わたし自身もワークシッョプをひらくようになった。
わたしにとって、この家は、生活する場であり
だれかが訪ねてきてくれる場であり、みんなと何かをわかち合う場になった。
景色もよく、居心地もよく、ほんとうにいい家だ。
この場所をあたえてくれたことに何度も何度も感謝した。
でも。
家を手放すことにした。
今日は、家を手放すのを「断ることのできる」最後の日だった。
今日「やはり、手放しません」と言えば、白紙になる日だった。
わたしは、今日、何もなくすごした。
手放すことに決めたのは、ずいぶん前のことだ。
春すぎ、夏になる前、
気功教室で瞑想をしていたら「手放すように」という言葉? 声? がとどいた。
「えっ」と思った。
教室からの帰り道、夫にそのことを話したら
不思議なことに、夫もおなじときにおなじことを感じていたことがわかった。
かなしかった。
わたしは、おもわず、坂道の途中で泣いてしまった。
わたしにとどいたのは「家を手放し、つぎのところへいくように」というメッセージだった。
そのときは、葉山の家を拠点に、どこか、きれいな水のわく所に場を持ちたいと思っていた。
「つぎにいくように」というのは、あくまでも葉山の家があったうえでのことだった。
家を手放すことは、考えてもいなかった。
やっと慣れてきた葉山をあとにして、あたらしい場所にいくこと。
居心地のいい家を手放すこと。
親しくなった人たちとはなれること。
「また、最初からやるんだ」と、思った。
わかってしまったのだから仕方ない。
わたしたちは、何度か話し合った末、やはり家を手放すことにした。
そして、さいわい、とてもいい方にめぐり合い、
その人がつぎにこの家に住んでくれることになった。
まったく、迷いがなかったわけではない。決めたけれど、気持ちがゆれた。
家を手放すというのは、やはりおおきな決断だった。
からだひとつで移り住むほうが、ラクな気がした。
あまりにもゆれて、決心がぶれることもあった。
時間が経てば経つほど、そうなった。
そんなとき「見える人」に会えることになった。
自分たち、おもに、わたしの出した答えを確かめたかった。
こんなことを聞くのは「どうだろう」と思ったけれど、思い切ってたずねてみた。
その人は「OKです。『できるだけ早く家は手放してください』
うしろの人がそう言っていますよ」と教えてくれた。
そして「つぎの場所にいくことは、前から決まっていた」ということも。
さらに、昨日「見える」ともだちがあそびにきてくれ、おなじようなことを言われた。
「家を手放さない選択もできるけれど、でも・・・・・」。
でも・・・・のあとは。
「うん。わかっている」と、思った。
ともだちは
「きらいなところならともかく、すきな所からはなれるのはつらいよね。
人って『惜しい』っていう気持ちがわくから」。
そして、今日をむかえた。
2011.11.11。
行き先も決まっていない、でも、すすむことにした2011.11.11。
来年のいまごろ、どこでどうしているかまったくわからない。
年明けに家を手放し、わたしはつぎが見つかるまで、しばらく葉山にいる。
それだけが決まっている。
「そういう流れなんだ」と思おう。わたしの気持ちを超えたところで何かが動いていると思おう。
「未来によきことがおこりますように」という、ホピの言葉を思い出す。
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