ありがとう

2011/03/04

田ノ浦に工事が入ったのは、21日、夜中の2時すぎのこと。
翌日、友人たちが数人、現地に駆けつけた。
その、こころの在り方、姿勢。
日ごろ、近くにいても目にできない一面を見ることのできた瞬間だった。
わたしは、ただ、ただ、ケガをしないよう無事、帰ってきてくれることを願った。
第2便の車がでることになったのは、5日の後のこと。
その間、わたしは「自分のできること」として、近くの人にメールを出した。
祝島のこと、田ノ浦のこと、工事のこと。なるべく多くの人に・・・・と、メールを書いた。
そのとき気づいた。
メールを送れる人と送れない人の線引きをしている自分がいることに。
線引きの基準は「この人はわかってくれそう」「この人なら関心を持ってくれそう」。
そういうものから「(自分が)どう思われていもいいから、送ろう」というものまで。
わたしのツイッターを見てくれている人は、知っていると思ったので送らなかった。
線引きをしながら「不思議だな」と思った。
日ごろ、親しいと思っていた人でも送らない人がいた。
かと思うと、ときどきしか連絡を取らない人でも迷わず送れた人もいた。
ともだちだけでなく、仕事先の人、数人にも送った。
仕事先の人に送れたことは、わたしにとって大きかった。
そういうメールを送ることができる人と仕事をしている。ある意味、こころを開いているということだ。
とても恵まれていると思ったし、
その人の存在がいつのまにか自分のなかで確かなものになっていることを知った。
何人かの人から返事がきた。「知り合いに知らせてくれる」というものもあれば、
ちょっと、とまどっているものもあった。
急に送ってしまったことは申し訳ないと思いつつ
これは、原子力発電やエネルギー問題だけの話ではなく、
わたしたちの生きている、これからも生きていく国の「在り方」のことだと感じている。
だから、知ってほしいという勝手な思いは変わらなかった。
第2便の車に乗れることがわかり、田ノ浦に向ったのは27日の夜。
2台の車で山口県を目ざした。片道12時間から13時間の距離。
途中、休憩を入れつつ、西を目ざした。
移動中のごはんと翌朝の浜での朝ごはん、友人のことを考え、
急に思い立ち、身近な人に声をかけた。
「差し入れをお願いできますか?」と。
祝島に関心を持っている人、いざというときに頼りになる人にメールをした。
お願いした理由は、ふたつ。
車で行くことになった13人分の食事を用意するのが、現実的にむずかしいことがあった。
途中、SAで停まったとしても、食べられるものは限られている。
できれば、体に負担のないものを食べたい。それには、やはり手作りのものがいい。
いっしょに行く人のなかには、その日にほかのことをしなければならない人が多く
13人分を用意するには手が足りなかった。
もうひとつ。
それは、差し入れてもらうことで、その人たちの思いも持っていける、と思ったからだ。
当日の午後にメールをしたら、夕方にはおむすびが集まった。
お菓子(手作りスコーンや自然食品屋さんで買ったもの)や焼き芋もあった。
ほんとうに有り難かった。
「ありがとう」と、何度も何度も思った。
家にとどけてくれたものは、メッセージがついていた。
現地にいる友人にむけたメッセージとこれから田ノ浦へ行くわたしたちへのメッセージだった。
たくさんのおむすびと思いを乗せて、車は走り出した。
いま、世界がすごい速さで動いている。
いいことも、そうでないことも、表面に浮び上がってきている。
世界だけではない、自分自身のこと、人との関係、つながり、身近な問題。
多くのことが、目に見える形で表れ、洗い流されはじめた。
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