田ノ浦へ

2011/03/01

祝島の対岸、原子力発電所建設予定地、田ノ浦へ行ってきた。
帰ってきて、いまの状況を「知ってほしい人」にメールを出した。
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一昨日、原子力発電所建設予定地の田ノ浦に行き、今日、お昼すぎに戻ってきました。
車中2泊の山口までの車の旅。
「ハワイより遠いねえ」と、みんなで言いながら向いました。
着いた日、田ノ浦は、比較的しずかでした。
祝島へのメッセージ布を「取れ」「取らない」ともめたのですが
公道だっため、取らずにすみました。
夕方、フェンス工事のために作業員が浜に来ましたが
海を守る人たちと警備の人たちとのにらみ合い(?)も、5時になり時間切れのため終了。
電力会社の方も警備のアルバイトの人も帰っていきました。
でも、しばらくすると、遠くから「ドーン」という音。聞いたら、発破の音。
まいにち、どこかを爆破しているそうです。
爆破がはじまってすぐ湾の魚は姿を消したということです。
通りすぎた上関の町は、活気がなく、原子力発電に夢を託しているようには見えませんでした。
誘致がはじまったのは、30年前のことです。
いまより情報も少なく「安全」という言葉を信じてしまってもおかしくはありません。
浜にいる、電力会社の人、警備のアルバイトの人、警察を見て
30年もの時間、途方もないお金をかけ、それがここへつながったのかと思うと
なんて悲しいことをしているんだろう、と思いました。
次の候補地、宮崎・串間、三重・熊野灘でも
こんな光景が広がることを思うと、胸が痛くなりました。
それでも、浜には、何人もの人が集まり、ひとつの思いで動いていることに勇気づけられました。
カヤック隊のリーダー的男の子のひとりは24歳。
広島の干潟の開発(破壊)に対して、ひとりで動きはじめ、多くの賛同を得て
2年の時間をかけ、止めたそうです。
そんな男の子と女の子が何人もいました。
警備のアルバイトの人は、ちゃんとお昼休みがあるようで
12時から1時まで、浜から姿を消します。
それほどちがわない年齢同士。動く理由のちがい。何が、双方を分けたのでしょう。
それでも、いつか、手をつなぐときがくるのかもしれません。
海はとてもきれいでした。
1日中、曇り空だったのですが、一瞬、陽が射したとき海がグリーンに輝いたときの色。
わたしは、あの色をずっとおぼえていたいと思いました。
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