元へ

2011/02/01

旧暦の元旦は、今度の節分。
周りでは、旧暦を意識している人が多く、とくに今年は「変わり目」を感じている。
家でも、今回の節分は意味のある日になる。
名字の読み方を変える・・・元にもどすことにした。
夫の姓は「十亀」と言う。音は「ジュウガメ」だ。
元々の出は、四国の愛媛と聞いていた。愛媛では「十亀」と書いて「ソガメ」と呼ぶ。
「ジュウガメ」という呼び方は、曾祖父が四国から九州に移ったときに変わってしまったらしい。
四国では「十」を「ソ」と呼ぶことは知っていた。
わたしの母方の実家は香川で「十河」と書いて「ソゴウ」という。
だから「四国」の出で、元々は「ソガメ」だったと聞いたとき、何の不思議さも感じなかった。
むしろ「そうだよね」と思った。
姓の読み方が変わったことに対して、多分、何かが引っかかっていたのだろう。
ときどき、そのことを思い出しては、名前のことをインターネットで調べたりしていた。
昨年の夏、ある人と会ったとき、わたしのルーツの話になった。
そのとき言われたのは
「奈良に廣瀬大社というところがあるので、お参りにいってみてはどうですか」ということだった。
その言葉はわたしのなかの何かにふれた。そして、秋に奈良へ行くことにした。
と、同時に、わたしだけではなく、夫のほうも行こう、と思った。
どちらかと言うと、そちらのほうが大切な気がした。
愛媛の神社の宮司さんに「十亀」という姓の方がいたことを思い出し
インターネットで再度、調べたら、石鎚神社という四国でも大きな神社の宮司さんが同じ姓だった。
石鎚神社は、石鎚山という霊山の神社だ。大きな神社の宮司さんなら、何か知っているはずだ。
迷うことなく、電話をかけた。
電話には、宮司さんの息子さんが出てくれ、知っている範囲のことを快く教えてくれた。
元々は高知にいた民だったこと。四国征伐で山を越え愛媛にはいったこと。
大元村に同じ姓が多いこと。
宮司さんの家系は、大元村の大元神社の宮司だということ、など。
話を聞いて、わたしたちは、石鎚神社のある西条に行くことにした。
秋、わたしたちは愛媛に降り立った。はじめて訪れる場所。
飛行機から見る愛媛は、四国山脈が連なり、とても美しい地形をしていた。
西条では市内に滞在して、石鎚山、石鎚神社、大元神社、兎之山をまわった。
兎之山という場所にも、同じ姓の人たちがはいったらしい。
ナビは、すばらしい。どこへでも連れていってくれる。
滞在した2日間とも、西条と石鎚の間を行ったり来たりした。
石鎚神社では、宮司さんの息子さんに再度、話を聞くことができた。
(宮司さんは、伊勢に行かれていた)
大元神社に行き、兎之山の集落に足を運んだ。
途中に神社があれば、停まってお参りをして、亀石をさがし、
地図を見て、村のはずれのはずれ、道がなくなるところまで車を走らせた。
わたしにとって、わたしたちにとって、不思議でたのしい旅だった。
その時間のなかでわたしが感じたのは、その地にたどり着いた人たちの思いだった。
歴史のなかで追われることになった人たちが、山を越え新しい場所にたどり着き
そこで生きはじめたこと。
氏神様を運びだし、あたらしい土地に神社を建て祀ったこと。
そこにどんな思いがあったのか。
水の豊かな山深い(ほんとうに山奥)場所に立ち、そのことを感じつづけた。
兎之山の清々しい神社の境内と稲穂がゆれる村を見たとき、なんとも言えない気持ちになった。
そして、思った。「読み方はもどしたほうがいい」と。
わたしの継いできた姓ではないけれど、もどすためにここへ来た、と。
夫も同じことを感じていた。
しばらくして夫の両親にそのことをつたえたらい「ああ、そう」という反応で
それ以上でも、それ以下でもなかった。
それなら話は早い。いつ、どのタイミングでもどすか。そんな話になった。
そのタイミングが旧暦の元旦だったのだ。
調べてみたら、名前の読み方を変えるのは住民票の変更だけでいいらしい。
戸籍には読み方は書いていないということだ。(知らなかった)
ただ、とても大事なことなので、もう一度、石鎚神社に夫が電話をした。
今度は、宮司さんご本人と話をすることができた。あたらしく知ったこともあった。
さらに「見える人」にも確認した。
この前、会いに行った「見える人」に聞いたのはもちろん、
友人で見えるYちゃんにも相談したし、廣瀬大社行きをすすめてくれたTさんにも聞いた。
みんなそろって「そうしてください」。
旧暦の元旦、3日は新月でもある。
旧暦の元旦で新月が重なることはめずらしいらしい。
年が変わるとともに、月も新しくなる。そして、わたしたちの姓は、元に還える。
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