思い出したこと

2011/01/22

「見える人」からつたえてもらったことをここ3日、思い返している。
いままですごしてきた時間のなかで、わすれてしまったこと、言葉を思い出しながら
パズルを組み合わせるように、記憶とメッセージをつなげていっている。
わたしは、わすれっぽい。そして、すぐ思い出せない。
だから「あっ、そうだった」と、時間が経ってからわかることが多々ある。
今回もそんなふうに何かと何かがつながり「あっ」となっている。
つたえてくれたなかのひとつに
「いままでは準備期間です。本番はこれからです」という言葉があった。
そのときは「本番」の内容のほうに気をとられ、別の大事なことに気づかないでいた。
いまから15年ぐらい前、ある人から「修行にはいりましたね」と言われたことがある。
「しゅ、修行ですか?」。
そのときは、マクロビオティックをはじめて1年ぐらい経っていたので
修行はマクロビオティックのことだと思った。
中庸でいようとするのは、ある意味、修行のようなものかもしれない。
だから、修行=マクロビオティック、と、そのとき思った。
けれど、5年、10年経つと、あの言葉はちがうことを言っていたんだな、とさすがに気づく。
経験していることのすべてが「修行」という意味だと、いつからか思うようになった。
気になることがあった。
「はいりましたね」と言われたけれど、いつまでつづくか聞いていなかったからだ。
それがこの前「いままでは準備期間、下積みだったんですよ」と言われた言葉とあとでつながった。
「もしかして、あの修行が終わったということ?」と。
こういうことは「そうだ」と思うことも大切だ。
「そうだ。そうだ。そういうことだ。そういうことにしょう」と思うことにした。
長い修行だったな、と、ひとりで、ふふふと思った。
でも「これからも長いですよ」とも言われた。自分の課題をこなしていくには。
ただ、不思議なことに、あの日から時間を重ねるにつれ、こころがしずかに落ちついている。
そのしずかさが、力強いしずかさになっていっている気がする。
あくまでも「気がする」だけだけれど・・・・・。
「いい」「わるい」というジャッジを下さないで、そのことだけを受け止めようと。
と、同時に体に意識がいくようになった。
体をもっと大事にして、メンテナンスをきちんとして、
いい状態で使える時間をもうすこし長くしたい、と思うようになった。
多分、受けとった課題、教えてもらった課題をやるには、時間がかかると感じたからかもしれない。
すこし前から、朝ストレッチをしている。
ストレッチをして、気功をして、瞑想をするのだけれど、毎朝、体のかたさにおどろいている。
ストレッチは思いついたことをやっていたのだけれど、思いつきでは効果が少ないかもしれない。
そう思い、友人のご主人のバレエの先生にプログラムをつくってもらうことにした。
つたえられたことをどう受けとるかは自分次第だ。
それが望んでいたことでも、いないことでも「そうだから」ということがある。
受け止めるしかないときがある。
けれど、その課題をどうやっていくかは、自分で選べばいい。
たのしくやることもできるし、「大変」と思ってやることもできる。
わたしは「自分らしくやろう」と思う。
20日の満月。葉山はとてもきれいに見えた。
夜、東にうかんだ月が、日の出の時間まで、かがやいていた。
朝、夜が明けはじめたころに見た月。この体で生きている時間を愛おしく思った。
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