いのちをいただく・2

2009/12/13

『いのちをいただく』
この本のことをもっと知ってもらいたいと思う。こどもに、お母さんに、お父さんに。
未来の教室に来てくれた人のなかに
葉山小学校でこどもに読み聞かせをしている人がいることを思い出した。
「学校で紹介してほしい」と思い、すぐ、連絡をした。
翌日、うちに本を見に来てくれて、とても気に入ってくれた。
読み聞かせの本にしてくれることになった。
これがきっかけで葉山でもこの本がたくさんの人にとどいてくれるとうれしい。
本を送ってくれたOさんを介して、担当編集者の方とやりとりができた。
本の帯には、この前の日記で紹介した言葉のほかに
「朗読を聴いて、うちのムスメが食事を残さなくなりました」という言葉もある。
これは、担当の方の奥様の言葉。
奥様は、昨年の夏、ガンで亡くなったことを知った。
本のできあがりをたのしみにしていたけれど、間に合わなかったそう。
33歳という若さ・・・・・。
メールを読み、涙があふれた。
言葉がでてこなかった。
本を読むとき、ページをめくるとき、そのことをわすれないでいたい。
わたしは、わたしたちは、たくさんの生命に支えられ生きている。
わたしの母は、わたしが小学2年生のとき乳ガンになった。
どのくらい入院していたかおぼえていない。
病名は知らされず、ある日、入院するからと言われた。
それから、ときどき、お見舞いに行く生活がはじまった。
病院では、看護婦さんがみんなやさしく、お見舞いに行くと親切にしてくれた。
事情をよく知らないわたしは
「いいな病院は、親切にしてもらえて」と思っていた。
母がガンだったことを知ったのは、中学生になってからのことだ。
退院しても、定期的に病院に行き、鍼や漢方もしていた。
自家製の薬草もたくさん作っていた。
わたしが、食べ物や体のことに気をつけるようになったのは、母の影響が大きい。
こどもだったわたしは、母の気持ちをあまり理解してあげられなかった。
どこかに出かけ、いっしょに遊んだ記憶がない。
でも、それは、仕方ないことだ。
思い出すたび「ごめんなさい」と思う。
母とは、外で遊んだ思い出はないけれど、ほかのものをたくさん残してくれた。
わたしができるのは、すばらしいこと、すばらしいものを
身近な人にとどけること。つたえること。
その人らしく、生きていけるように手伝うこと。
『いのちをいただく』もそんなもののひとつ。大切な人に贈ろう。
わたしがこの本に強く惹かれたのは
見えない何かを感じたからなのかもしれない。
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担当編集者の方は、亡くなった奥様が生前書かれていたブログを
引きついで書いています。
http://plaza.rakuten.co.jp/cmbird7/diary/

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