1日目

2009/04/03

北東北旅行1日目は、十和田へ。苫米地ヤス子さんに会うため。
イベントでお米を使わせてもらった縁で、伺うことになった。
八戸から急行で三沢に。そこから1時間に1本の電車で終点の十和田にむかった。
「遠い・・・・・」
やはり、再処理工場は、東京からこんなに遠い場所に造らないと
あぶないということなんだなあと、そんなことを思う。
お宅についてから、ずっと苫米地さんと話した。
地元で、再処理工場反対の声をあげる人が、いまはほとんどいないこと、
言ってもつたわらないこと、だけど、言いつづけようと思っていることなど
のんびりと、地元の言葉を交え話してくれた。
ほんとうは、とても大変なんだと思う。だけど「つらい」という言葉は聞かなかった。
夕方、田んぼと畑につれていってもらった。無農薬で作りつづけているお米。
田んぼの横の用水路には、奥入瀬から引いている澄んだ水がとうとうと流れていた。
こんなに広い田んぼをひとりでやっているなんて・・・・・。
そう、苫米地さんは、ひとりで、お米を作っている。
今回、そのことをはじめて知って、おどろいた。
田んぼと畑は、すこしはなれた場所にあった。
畑へ行くため、わたしたちは、田んぼの脇道を歩いた。
ふかふかした土。芽をだしたばかりの草。しっかり、踏みしめながら歩いた。
途中、草が1本も生えていない、きれいに整備された所があった。
「どうして、こんなにきれいだか、わかる?」
「除草剤ですか?」と言うと「そう」。・・・・・。
そこは、見事に草が生えていなかった。
苫米地さんの畑には、芽をだしたばかりのフキノトウがあった。
ちいさな、きみどりいろのフキノトウ。
わたしがフキノトウがすきだと言うと「天ぷらにしよう」と、その場で、つんでくれた。
夜ごはんには、フキノトウの天ぷらが食卓にならんだ。
とりたてだからか、苦みがうすい。とてもおいしい天ぷらだった。
テーブルには、お嫁さんがとどけてくれた、ヒエのナゲットもあった。
さっき畑でつんできた菜花のおひたし、せんべい汁。
おばあちゃんと、苫米地さんと、夫と、いっしょに食べた。
ごはんが終わっても苫米地さんとの話はつきなかった。
負の遺産を残したくないと言っていた。
東京はたくさんの人がいる。少数だけれど、同じ思いを持った人もいる。
だから「反対」という声もあげやすい。いい意味でもわるい意味でも、存在がうすまる。
でも、地元で言うのは、ほんとうに、想像以上に、大変だと思う。
映画のなかで苫米地さんは
「原子力は、反対とこころのなかで思っていても、それは反対にはならない」と言っていた。
その言葉にわたしは、背中を押された。
これからなくなっていくエネルギーを
みんながしあわせな方法で得られるようにしていくことが、大事だと思う。
かなしむ人が多いやり方は、ほんとうの方法ではない、と。
苫米地さんは、ごはんの前、そっと手を合わせる。
そして「世界の人がみんなしあわせでありますように」とちいさな声でつぶやく。
十和田には、大きな美術館がある。最初「なんで、ここに?」と思った。
聞いたら、原子力発電関係のところからお金が出ているということだった。
そんなふうにお金が流れているのを知ると複雑な気持ちになる。
原子力、再処理工場を受け入れる代わりに手にするものが、
何億円、何十億円とする作品と建物・・・・・。

わたしが使っている電気は、東北からきている。
電線が長ければ長いほど、電気のロスは多い。
でも、東京の近くに発電所ができることはない。
そのことを考えるといつも申し訳なくなる・・・・・。
苫米地さんに会ったことは、わたしにとって力になった。

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