知ること

2007/12/15

本や連載で書けないことがある。
それがホームページをはじめた理由のひとつ。
その、書けないこと、というもののひとつは、環境の話。
個人的な意見や思いなので、すこし書きづらいところがある。
でも、思うこと、つたえたいことは、日々、ふえている。
当たり前のように手にしていたものが
消えていくこと。
昨日まで会っていた人と会えなくなること。
そんなことがある。
失ってから、大切だったことがわかる。
時間はもどらない。
自然も似ている。
すこしずつ失われていくことが多いから
失われていることに気づかない。
開発という名前の環境破壊は、
多くの場合、しずかにこっそり進行している。
公表されたときは、すべてが決まっている。
すこし前に、原子力のことを書いた。
クリーンなエネルギーだと思ったことは1度もない。
チェリノブイリの事故があったときは
10年間、ヨーロッパで作られたパスタを買わなかった。
買わないほうがいいと言われていたから。
現地の人たちのガンの発生率の高さも
メディアを通じて知っている。
そこで、代々、生きてきた人たちには、何の罪もない。
放射能事故は、いつ起きてもおかしくない。
実際、わたしたちの国でも起きている。
だから、もう、これ以上、原子力発電所は必要ないと思っている。
気持ちのいい暮らしも、おいしいごはんも、たのしい時間も
汚染された土地では成り立たない。
そう思っているだけ。
だから、できるだけ、環境を守りたいと考えている。
まずは、現状維持。
知らないで進んでいることはたくさんある。
輸入スパイスに放射能を当てる話が進んでいる。
わたしにこどもがいたら
そんな物、食べさせたくない、と思う。
でも、知らないうちにそのことが決まって
みんな口にしていく。
今日、というか昨夜。
逗子のCOYAに行ってきた。
『六ヶ所村ラプソディー』を見るため。
以前から見たいと思っていた。
反対の署名は、ずいぶん前に書いていた。
映画は、とてもいいものだった。
知っていることもあれば、知らないこともあった。
たくさんの人に見てもらいたいと思うものだった。
わたしにできることはなんだろう?
わたしにできることは、
まず、知ること。知ろうとすること。
「知らない」「考えない」というのは、言い訳だ、と思った。
そして、知ったことは、身近な人につたえること。
大事なことを、大事な人に。
そして、反対すること。

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