とどいたもの

2008/06/06

高松に住む伯母から空豆とお天ぷらがとどいた。
伯母と言っても、85歳をとうにすぎている。
でも、とても元気。
長年、教員をしていたこともあり、はきはきしているし
体もぴんぴんしている。
数年前会ったとき、階段をひょいひょい下りていて、おどろいた。
荷物がとどく前の日に電話があり、すこしだけ話した。
ちいさかったころ、春、田舎に行くと、
近くの川原で祖母とつくし採りをした。
東京では見ないつくし・・・・。
ましてや、食べられることを知らなかったので
どうして摘んでいるか、最初は、わからなかった。
かごいっぱいになると、家に持ち帰り
新聞紙を広げて、ひとつひとつ、つくしのそうじをした。
アクが強いので、手が真っ黒になる。
それを祖母は、根気よくつづけた。
わたしは途中であきてしまい、つくしをそのままにして、外に遊びに行った。
そして、帰ってくるころには、食卓の上には
佃煮になったつくしがあった。
おいしいか・・・・と聞かれたら、こどものときは、そう思わなかった。
この前、山梨に行ったとき、話を聞かせてもらった方のお宅で
お昼ごはんをごちそうになった。
そのとき、つくしの佃煮が出てきて、なつかしくなった。
いまは、おいしく感じるし、春の恵みだと思っている。
田舎の川は、ある年、護岸工事が行われ、水が変わった。
広かった草原は、コンクリートにおおわれ、生き物も虫もへった。
すこしずつ、みんなが、河原に下りなくなり、つくし採りもしなくなった。
伯母から空豆がとどくと、季節を感じるとともに春の1日を思い出す。
(高松の人って、空豆ずきですよね?)
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