時間をはずした日

2013/07/25

今日は13の月の暦で「時間をはずした日」。

明日は、新年になる。

 

13の月の暦は、マヤ歴の時間を元に一年を13月として捉えている暦で、

おもしろいルールがある。

おもしろい・・・けれど、理解するにはすこしの知識が必要で

葉山の家では、タカさん(冨田貴史さん)に何度かWSをしてもらい、みんなで学んだ。

 

ひとりひとり自分の「太陽の紋章」というものを持っていて

かんたんに言ってしまうと、生年月日で決まる。

わたしは「白い世界の橋渡し」というもの。

 

時間をはずした日は、とくに決まりはないけれど

「浄化」と「調整」だと思っているので、

今日は、しずかに過ごそうと思った。

それで「午前中がおすすめです」と言われた仏生山温泉へ。

こちらに来て、何度も行っているけれど

午前中に行くのは、はじめて。

いつもは混んでいるのに、平日の午前中は人も少なく

ゆっくり、たっぷり、お湯につかった。

1時間半ぐらいはいっていたかな。

 

いまの季節は、33℃の炭酸冷泉がおすすめ。

はいっていると、からだが気泡につつまれる。

33℃のお湯は、ぬるめの海水にはいっているよう。

そして、なぜか、ここのお湯はすこししょっぱい。

 

低温なのでずいぶんと長くつかることができ、

すこし肌寒くなったら、ふつうの温度のほうへ。

 

わたしは、ここの温泉がすきなのだけれど

「どうしてかなあ」と思いながら、今日、はいった。

多分・・・エネルギーがいいんだろう。

お湯もいいし、造りがすてき、というのもあるけれど

「気持ちよくすごしてもらいたい」という思いが、ところどころに見える。

そのエネルギーが、つたわってくるんだろうなあ。

 

 

今日は、浴槽の縁に頭を置き、青空を見上げながらはいった。

さわさわさわと風が通りぬけていく。

 


あめ、帰らず

2013/07/01

昨日の夜、あめが帰ってこなかった。

夕方、いつものようにごはんを食べ、ベランダへ。

暑くなってから、あめはベランダですごすことが多い。

でも、1時間毎に部屋にもどってきては「ニャー」と鳴き、

なにかを確かめるようにして、また、ベランダに行く。

夜「そろそろ寝ようかな・・・」と思うときは「あめ」と呼べば、部屋に帰ってくる。

それが、昨夜は、まったく顔を見せないし、呼んでも、返事もないし、帰ってもこない。

ここは共同住宅の3階。行動範囲は限られている。

あめの行く先は、ベランダの端から端とおとなりの部屋ぐらい。

「うーん。これは落ちたのかもしれない」と思い、8過ぎ、下まで見に行った。

でも、気配はない。

どこかの部屋であそんでいるのかも・・・と、楽天的に考え

部屋にもどり、さらに1時間半待ってみる。

9時30分。

帰って来ない。これは、かなりおかしい。10時前にまた下に降りていくことにする。

 

懐中電灯を手にして、さきほどとは反対から建物のまわりをぐるりとまわる。

ここは、山のなかだけれど山奥に温泉があるため、思いのほか車がよく通る。

気持ちは焦るけれど、松葉杖なので思うように歩けず・・・。

と、そのとき、建物の横に停めてある軽トラの下から、ねこのちいさな声がした。

あめは、そこにいた。

 

確かなのは、玄関からでていっていないこと。

つまり、3階のベランダから飛んだか、落ちたかにちがいない。

ケガをしているかどうかは、暗くてわからなかった。

「ふたりして(わたしとあめ)骨折だったりして」。

 

 

抱きかかえて部屋にもどりたいけれど、松葉杖だとかかえられない。

仕方なく、松葉杖をその場に置き、意を決して(大げさ)

一歩一歩、ころばないようにしながら、階段をあがり部屋にもどった。

汗びっしょり。

さいわい、あめにケガはなかった。

帰ったらノビをしていたのでだいじょうぶだろう。

 

明けて今日。

いつもは、朝ごはんを食べるとすぐベランダにでるのに行かない。

昼も部屋で寝ている。夕方も。

昨日は「もしかして、3階から飛んだのかも」と、思ったけれど

「落ちた」というのが、ほんとうのところかもしれない。

どちらかわからないけれど、無事でよかった。

 

早く、脚を治さなきゃ。

 


夜明け前の読書

2013/06/21

午前三時にはっと目がさめた。

また寝られるかな?   と様子をみたけれど、その気配がない。

仕方がないので、枕元においた『禅マインド ビギナーズ・マインド』を読むことにした。

夜明け前に禅の本を読む・・・というのも「わるくない」と思いながら。

 

著者である鈴木俊隆さんは、1962年にサンフランシスコ禅センターを設立された方。

71年に68歳で亡くなられている。

プロフィールの欄には「欧米では20世紀を代表する精神的指導者のひとり」とある。

この本で、存在を知った。

 

禅と言っても、幅広い考え、解釈があるので

「これが同じ禅?」と感じることがあるほど

禅の世界は、その人や本によって受け止め方がさまざまだ。

そういう意味では『禅マインド ビギナーズ・マインド』は、

わたしにとって深くうなずける一冊。

文章もわかりやすい。

わかりやすいけれど、ぼうっと読んでいると一向にはいってこない。

何をつたえようとしているのか、を受けとめようと読むと、ちゃんと胸の奥にはいってくる。

 

『心の波』という項目の一文から。

「あなたの外側からやってくるものがトラブルを起こす、ということはありません。

あなたが自分で心の波を起こしているのです。」

 

わたしが感じている禅の世界は、とてもシンプル。「いま」「ここ」。

なかなか「いま」「ここ」にいられないから、

何度も何度も、その言葉がでてくるのだろう。

わすれがちなこと。

 

「いま」「ここ」を思い出すと、何かが自分のなかにすっともどってくる。

背筋がのびて、目線がすこし高くなるような感じもする。

物事にきちんと向き合っていると、いつのまにか心地よさを感じるときがある。

「いま」「ここ」は、そのスイッチのよう。

ほんとうは、スイッチをいれなくても、いつもそうだといいのだろう。

 

しばらくページをめくっていたら、また、眠くなった。

「もうすこし寝よう」と、本をとじた。

夏至の日の朝、一時間ほどの読書。

 


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