ある日、ねこがやってきた

2012/12/06

黒ねこがやってきた。

下の集落のあるお宅から。

元々、黒ねこといっしょに暮らしたかった。できればメスの黒ねこと。

でも、出会ったのは、オスだった。

以前、いっしょに暮らしたことのあるのはオスねこだった。

ときどき、ケンカをしてケガをして帰ってくることがあり

それで、できれば「今度は・・・」と思っていたのだけれど。

 

「ねこ」と言っても、性格はいろいろで

今度やってきたねこは、おしゃべりで、あまえんぼうで、人見知りだ。

この家に来て1か月以上経つのに

未だに、だれか来るとかくれてしまう。

それ以外は、ほとんどわたしのひざの上にいる。

 

名前は「天」という字で「あめ」と呼んでいる。

 

あめが来て変わったのは、ふたりでよく話すことだ。

なんだかんだと人の言葉とねこの言葉でやりとりしている。

感覚としては、80%ほどは、通じている気がする。

あくまでも、こちらの感じとして。

それと、もうひとつ。それは、熟睡できなくなった。

わたしは、眠りにつくのも早く、そのまま朝までぐっすりだった。

けれど、夜中にごそごそと動いたり、ときどきツメが当たったり(偶然に)

それで起きてしまう。

あめが来るまでは、5時か6時には目ざめていたのに

いまはすこしおそくなった。

 

昨夜もごそごそと動き、目がさめてしまった。

風も強く、そのあとなかなか寝つけなかった。

そんなときだ。

背中に感じていたあめの気配が、急におおきくなったと思ったのは。

あたたかさが増したような気がした。

その感覚をぼんやりと感じていたら

「ああ、生きているって、あたたかいことなんだ」と思った。

「生命=あたたかさ」なんだ、と。

命が消えたものは、つめたくなる。

この場所で、あたたかなものがふたつ生きていることが、うれしかった。

 

あめが、これから、しあわせなねこ人生を歩めればいいと思う。

まだ、この世界に来て4か月ほどのちいさな黒ねこ。

うちに来てくれてありがとう。

 

 

 

海辺の暮らしから山の暮らしへ(ただし仮住まい中)

2012/09/30

最後に日記を書いたのが3月11日。
それから半年とすこしがすぎた。
その間に、葉山から引っ越しをして、いま、香川の山のなかにいる。

 

いま、窓からは山が見える。
建物は、湖の畔にあり
まいにち、深いみどり色の水が風に吹かれ
水面は様々な表情を見せてくれる。
空気があまく、水がおいしい。
「気持ちいい」と感じなからも、ここにいるのが「不思議」と思うときもある。

 

葉山からはなれることを決めて、残念だったのは
葉山自体からはなれることと、ともだちとはなれることだった。
葉山では、3年半をすごした。
その3年半はおどろくほど濃く、実際の時間の倍ほどの濃さだった気がする。
いくつもの出会いと、できごと。
たのしいことも、うーんと思うことも「必要だから起きた」と、いま、思う。

 

葉山を発つ前、ともだちがビーチマフィンで送別会を開いてくれた。
たくさんの人と会い、おいしいものをいただき、
笑い、こっそり涙した。
出発の2日前には、ともだちが赤ちゃんを産んだ。
予定日の1か月前で、数時間前までいっしょに海辺で過ごしていたともだち。
「赤ちゃんと会うのは、今度、葉山に帰ってきたときだね」と話していたら
翌朝に「生まれました」の連絡。
その日のうちに会いに行った。
ちいさなちいさな生まれたばかりのいのちを見ていると、気持ちは未来へ飛ぶ。

 

そして、香川へ。
いま、わたしのまわりには、引っ越してきた人が何組かいる。
ここへ来るまで知らなかったけれど、香川は東からの移住者が多い。
きっと、みんな、様々な思いを抱いているはずだ。
でも、未来を見て、ここに来たのだと思う。

 

ここでできること、新たな出会い、できごともあると思う。
種まきは、どこででもできる。
わたしなりの種まき。
ただ、この先、どこに留まるのかは、わたし自身もわからない。

 

すこし進んで、ちょっと後もどりして、また進んで、止まって
気を取り直して、また、進んで。
そんな感じなんだろうな、きっと。
でも、遠くからながめると
「進んでいないように見えて、やっぱりすこしは進んでいるじゃない」と
そう思えたらいいし、
進んでいなかっとしても、それはそれでいい。
うん。そうだ。
いろいろあるけれど(ほんとうにいろいろあるんですよ)
それでも「上々」と思っている。

 

お休みしていた日記。
また、書きはじめようと思います。

 

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