Macの見方

2014/12/02

Macを使っています。
Mac以外、使ったことがありません。
でも、苦手です。
「うーん」となること度々です。
とくにあたらしく買いなおすとなると
気が重くなります。(いまはiPhoneがその時期・・・)
修理に・・・は、もっともっと気が重い。

 

スティーブ・ジョブズさんに興味を持ったのは
禅からでした。
愛読書が『禅マインド ビギナーズ・マインド』と知り
そうなんだ、となりました。

 

アップルの創業者や成功者としては興味を持たなかったのに
「禅」が、ジョブズさんへつなげてくれたのです。

 

禅とジョブズさんのことがある場で話題になったとき
「禅も、SNSも、人を自由にしてくれる。
ジョブズはそれを知っていたんだと思う」ということを
言った方がいました。
それを聞いたとき、
そこに、ふっと明るいものを感じました。

 
映画『スティーブ・ジョブズ』を
やっとやっと観ました。
映画館で観たかったのだけれど
見逃してしまった。

 

映画は映画です。
すべてがあの通りだとは思いません。
でも、よかった。
そして、MacとiPhoneの見方が変わりました。

 

できあがっているものは
「もの」として見てしまうけれど、
「もの」になるまでは
その後ろに多くの人の時間や知恵や
工夫や思いがあります。

 

この世界にないものをつくるとき、
実績も、数字もない人がなにかをやろうとするとき、
理解してくれる人
おもしろがってくれる人は、限られています。

そのことを思い出しました。

 

食べ物や器や本といったものには
そういう思いをそわせることがあるのですが、
苦手と思っているものは、
そういうそわせ方をしにくかった・・・。
できなかった。
しようと思わなかった。

 

多分、自分の理解を超えているからだと思います。
人は(と、いうか、わたしですね)理解できないもの
処理できない情報には、自分を閉ざすようになるから。
「苦手」「関係ない」とくくってしまうから。

 
Macをテーブルのうえに置いたままでも
イヤな気持ちになりません。
ほとんどの家電は、目につかないところに置いています。
でも、Macに関しては
ときどき「うつくしい」と思う。

 

映画を観て、その理由が見えました。
なんだか・・・Macに敬称をつけたくなる気分です。

 

映画を観てから
あの有名なスタンフォード大学でのスピーチを見ると
またちがう角度からことばが流れてきます。

 

あたらしい見方というのは
おもしろい、と思うのと同時に
そういう機会は、あるとき、突然、やってくるものなんですね。

 

Macに限らず
当たり前のようにあるものは、
当たり前にあるのではない、ということ。
人はだれでもスタートラインに立つときがある、ということ。

 


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